次世代シーケンサーを用いて多くの遺伝子を解読すると、様々な個人間での塩基(A, T, G, C)の違いが明らかになります。これらの違いを「バリアント」と呼びます。ゲノムクリニックでは見つかる様々なバリアントが実際に病気の原因になるかを評価します。
その評価法の1つとして、アメリカにおける医学系学術団体であるAmerican College of Medical Genetics (ACMG)、Association of Molecular Pathology (AMP), College of American Pathologists (CAP)が2015年に共同で発表したガイドラインを採用しています(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25741868)。このガイドラインはやや複雑ですが、以下に概要をご説明します。
このガイドラインの特徴は、全てのバリアントを
①病原性に関する複数の基準、で評価し、
②それぞれの評価を総合して最終的な病原性を判定
する点にあります。
これにより、より客観的かつ正確な評価が可能となります。
では具体的に見ていきましょう。
①病原性に関する複数の基準
まず、遺伝子領域に見つかったバリアントが以下のどれに当てはまるかを評価します。1つのバリアントに対して複数の評価が該当します。やや簡略化してご説明します。
(1) 病原性を持つ可能性が非常に高い(Very strong evidence of pathogenicity : PVS1)
PVS1 機能喪失が原因となる疾患における粗大なナンセンス変異、フレームシフト、複数エクソンの欠失など
(2) 病原性を持つ可能性が高い(Strong evidence of pathogenicity: PS1-4)
PS1 既に同様のアミノ酸変異が疾患の原因となることが特定されている
PS2 発症者の両親には存在しない変異かつ家族歴もない
PS3 よく計画されたin vitro or in vivoの研究で機能異常が示されている
PS4 発症者での保有率が対照群より有意に高い(少なくともオッズ比>5.0)
(3) 病原性を持つ可能性がやや高い(Moderate evidence of pathogenicity: PM1-6)
PM1 ホットスポットや機能ドメインに存在する変異かつ、良性の基準を満たさない
PM2 対照群には存在しないか極めて存在率が低い
PM3 劣性遺伝性疾患で既知の病原性バリアントと共に存在する
PM4 くり返し配列以外でのタンパク質長に変化をもたらす
PM5 アミノ酸置換が病原性を持つ部位での新規のアミノ酸置換
PM6 de novo変異を考えるが両親の配列は調べていない
(4) 病原性を持つ可能性を指示する(Supporting evidence of pathogenicity: PP1-5)
PP1 複数の発症家系において発症者と共に分離する
PP2 良性のミスセンス変異が少なく、かつミスセンス変異が主な発症原因である部位での変異
PP3 複数のアルゴリズムを用いたシミュレーションで病原性を示す
PP4 1遺伝子疾患である可能性が高い疾患に存在する
PP5 複数のソースが病原性を報告しているが、単独で十分な根拠はない
(5) 単独で良性であることを示す(Stand-alone evidence of benign impact: BA1)
BA1 アレル頻度が5%を超える
(6) 良性であることを強く示唆する(Strong evidence of benign impact: BS1-4)
BS1 アレル頻度がその疾患における予想よりも高い
BS2 若年での発症率の高い疾患において健常者に存在する
BS3 よく計画されたin vitro or in vivoの研究において機能異常を生じない
BS4 発症家系における発症者と共に分離しない
(7) 良性であることを示唆する(Supporting evidence of benign impact: BP1-7)
BP1 タンパク質の短縮が原因となる疾患でのミスセンスバリアント
BP2 浸透率が高い優性遺伝性疾患で既知の病原性変異とはtransに存在する or 全ての遺伝形式でcisに存在する
BP3 機能を持たない繰り返し配列内の欠失 or 挿入
BP4 複数のアルゴリズムに基づくシミュレーションで機能異常を示さない
BP5 発症分子機序とは異なる
BP6 複数のソースが良性を示しているが、単独で十分な根拠はない
BP7 同義置換であり、スプライシングに影響がなく、保存性も高くない
重要なことは、1箇所のバリアントに複数の基準が当てはまることです。
例えばapcという遺伝子の100番目の塩基がAからTに変わっているバリアントの場合、そのバリアントに対して複数の評価がされます。
PVS1+PS2+PP3といった具合です。
②病原性の判定
こうして判定された評価を総合して、そのバリアントが病原性を持つかを最終的に以下の5種類で判定します。
・病原性あり(Pathogenic)
1. PVS1かつ
1つ以上のPS1-4 or 2つ以上のPM1-6 or 1つのPM1-6と1つのPP1-5 or 2つ以上のPP1-5
2. 2つ以上のPS1-4
3. 1つのPS1-4かつ
3つ以上のPM1-6 or 2つのPM1-6かつ2つ以上のPP1-5 or 1つのPM1-6かつ4つ以上のPP1-5
・病原性を持つ可能性がある(Likely Pathogenic)
1. 1つのPVSかつ1つのPM1-6
2. 1つのPS1-4かつ 1-2個のPM1-6
3. 1つのPS1-4かつ2つ以上のPP1-5
4. 3つ以上のPM1-6
5. 2つのPM1-6かつ2つ以上のPP1-5
6. 1つのPM1-6かつ4つ以上のPP1-5
・良性(Benign)
1. 1つのBA1
2. 2つ以上のBS1-4
・良性である可能性が高い(Likely Benign)
1. 1つのBS1-4かつ1つのBP1-7
2. 2つ以上のBP1-7
・重要性不明(Uncertain Significance)
上記の基準に当てはまらない場合
例えばPVS1 + PS2 + PP3では「病原性あり」の判定になります。
いかがでしたでしょうか?
実際には、このガイドラインに加えて、家族歴や現在の健康状態などを加えて総合的に判定いたします。また、多くのデータベースを参照してもどの分類に該当するか判断に苦慮するバリアントがあるのも実情です。研究が進んでいなかったり、稀なバリアントはどうしても現時点ではVariant of Unknown Significance (VUS)となってしまいます。
いずれにしても、最新の論文やガイドラインを参考にしながらの「手作業」でのゲノム解析を行うのが現状であり、まだまだ自動化できるものではありません。1例ずつ丁寧に医師の目線でバリアントを観察して評価を行ないます。
このコラムでは今後もゲノム解析に関するトピックを取り上げていきます。
文責:曽根原